
(https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202211/2.html)
高層マンションやオフィスビルで過ごしている際、ゆさゆさと長く続く大きな揺れに不安を感じたことはないでしょうか。
この独特な揺れの正体は「長周期地震動」と呼ばれるものです。
2003年の十勝沖地震で石油タンクの火災被害が発生したことなどを契機に、高層ビルや大規模構造物における被害軽減が喫緊の課題となりました。
これを受けて気象庁では、2013年から情報の提供を開始し、さらに2023年2月からは「階級3」以上が予想される場合に緊急地震速報の対象とするなど、段階的に運用の強化を図ってきました。
▶ 気象庁|長周期地震動に関する観測情報
https://www.jma.go.jp/bosai/map.html#6/38.229/140.259/&contents=ltpgm
長周期地震動の情報発表は、地上の「震度」では測れない高層階特有のリスクを伝え、被害を最小限に抑えることが目的です。
本記事では、気象庁の最新基準に基づく発生メカニズムや速報の変更点を解説し、内閣府が推奨する高層階向けの備えを紹介します。
正しい知識を、いざという時の冷静な判断と安全な環境づくりにお役立てください。
長周期地震動とは?発生の仕組みと「共振」を解説
そもそも、なぜ地震の揺れ方には種類があるのでしょうか。
一般的に知られている地震の揺れが「ガタガタ」という短く速い振動であるのに対し、長周期地震動は「ゆさゆさ」と大きく、ゆっくりとした揺れが長く続くのが特徴です。
この違いを生み出しているのは、地震波が持つ周期の長さと、建物ごとに異なる「揺れやすいリズム(固有周期)」という性質です。
背の低い建物は「カタカタ」という速いリズムに反応しやすく、高層ビルは「ゆさゆさ」というゆっくりしたリズムに大きく反応するという特徴があります。
ここでは、遠く離れた場所で起きた地震がなぜ特定のビルだけを大きく揺らすのか、その鍵を握る「共振」という現象と、地盤の影響について紐解いていきます。
遠くの巨大地震でなぜ揺れる?「ゆったりとした波」の正体
地震が発生すると、震源からはさまざまな周期(揺れが1往復する時間)を持つ地震の波が、同心円状に広がっていきます。
このうち、周期が短い波は、震源から離れるに従って地盤に吸収され、次第に弱まっていく性質があります。私たちが震源の近くで感じる「ガタガタ」という激しい衝撃は、主にこの短周期の波によるものです。
一方で、周期が長い「長周期地震動」の波には、地盤に吸収されにくく、エネルギーを保ったまま遠くまで伝わりやすいという、物理的な特徴があります。
そのため、震源から数百キロメートルも離れた場所であっても、波が衰えずに届きます。地震が発生してから少し時間が経過した後に、大きな平野部にある高層ビルだけが「ゆさゆさ」と長く揺れ始めるのは、この「減衰しにくい長い周期の波」が到達するためなのです。
かつての巨大地震でも、震源から遠く離れた大都市のビルで、長時間にわたって大きな揺れが観測された事例が多くあります。これは、地震波そのものの性質によって引き起こされる、長周期地震動特有の現象と言えます。
高層ビル特有の現象「共振」が起きるメカニズム
なぜ長周期地震動は、低い建物よりも高層ビルに大きな影響を与えるのでしょうか。その答えは「共振(きょうしん)」という現象にあります。
すべての建物には、揺れやすい固有の周期(揺れが1往復する時間)があります。一般的に、建物は高くなればなるほど、この固有周期が長くなる性質を持っています。
地震が発生した際、伝わってきた長周期地震動の周期と、そのビルが持つ固有周期が一致すると、揺れが互いに強め合って急激に増幅されます。これが共振です。
ブランコを想像してみてください。揺れているブランコに対して、タイミングよく背中を押し続けると、小さな力でもどんどん揺れが大きくなっていきます。
長周期地震動と高層ビルの関係もこれと同じです。たとえ地上の揺れが小さくても、共振が起きることで、高層階では信じられないほど大きな振幅となり、しかも地震の波が去った後も長い間揺れが収まらないという状況を招くのです。
揺れが増幅しやすい「堆積平野」と地層のリスク
地震波の性質や建物の構造だけでなく、その建物が立っている「地盤」も長周期地震動の影響を大きく左右します。特に注意が必要なのが、関東平野、大阪平野、濃尾平野などに代表される「堆積平野(たいせきへいや)」です。
堆積平野とは、数百万年前からの河川の堆積物などによって形成された、柔らかい地層が厚く積もっている地域を指します。地下深くには硬い岩盤がありますが、その上にスポンジのような柔らかい層が乗っている状態をイメージすると分かりやすいでしょう。
こうした地盤に長周期の地震波が入り込むと、柔らかい層の中で波が反射を繰り返し、外へ逃げにくくなります。その結果、揺れのエネルギーが平野全体に閉じ込められ、長時間にわたってゆらゆさと揺れ続ける現象が起こります。
また、厚い堆積層は特定の周期の波を大きく増幅させる性質も持っています。大都市の多くはこうした平野部に発展しており、多くの高層ビルが立地しています。
そのため、地盤の影響による揺れの長期化や増幅は、都市部における地震対策を考える上で決して無視できないリスクとなっているのです。
気象庁が発表する「長周期地震動階級」1〜4の基準
地震が発生した際、気象庁からは「震度」が発表されますが、それとは別に「長周期地震動階級」という指標も公表されます。
震度は主に地上付近の揺れの強さを表すのに対し、この階級は「高層ビル内での人の行動の難しさや、家具の移動・転倒の危険性」を判断する基準となります。階級は1から4までの4段階で、数字が大きくなるほど深刻な状況を示します。

(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jishin/choshuki/)
階級1・2の目安:揺れを感じる・室内で物が動く
まず、初期段階となる階級1と2について解説します。
階級1は、室内にいる人のほとんどが揺れを感じるレベルです。ブラインドなどの吊り下げものが大きく揺れますが、生活への大きな支障はまだ限定的です。
階級2になると、揺れのために物につかまりたいと感じる人が出てきます。室内では、キャスター付きの家具が動いたり、棚にある食器類が音を立てたりし始めます。この段階から、対策をしていない家具が「動き出す」リスクを認識する必要があります。
階級3・4(最大級)の目安:立っているのが困難・家具が転倒する
階級3を超えると、室内の状況は一変し、生命に危険が及ぶ可能性が高まります。
階級3では、立っていることが困難になり、何かにしがみつかないと動くことができません。固定していない家具が大きく移動し、中には転倒するものも出てきます。
階級4(最大級)では、立っていることは不可能で、這って動くことさえ困難になります。固定していない家具のほとんどが移動し、中には転倒したり飛んだりするものもあります。
戸棚の中身が激しく飛び出し、窓ガラスが破損することもあるため、揺れが収まるまで身を守り続けることが最優先となります。
階級3以上が「緊急地震速報」の基準となる理由
2023年2月から、気象庁は「長周期地震動階級3以上」が予想される地域に対して、緊急地震速報(警報)を発表する運用を開始しました。全4段階ある階級のうち、なぜ「3」からが対象となっているのでしょうか。
それは、階級3が「自力での避難が困難になり、生命への危険が生じ始める境界線」だからです。
地上付近の震度がそれほど大きくなくても、高層階において階級3以上の揺れが予測される場合、室内では固定していない家具が移動・転倒し、人は立っていることができなくなります。
このような状況下では、揺れが始まってから身を守ることは非常に困難です。
たとえ地上の推定震度が小さくても、緊急地震速報が発表された際には、「高層階では命に関わる激しい揺れが来る可能性がある」という認識を持つことが重要です。
その場での安全確保、具体的には「低い姿勢で頭を守る」「大きな家具から離れる」といった、基本的な防災行動の実施が一般的に推奨されています。
高層ビル・マンションで想定される具体的な被害リスク
長周期地震動が発生した際、高層ビルの中では地上とは全く異なる現象が起こります。単に「揺れる」だけでなく、その揺れがもたらす物理的な影響を正しく把握しておくことが重要です。
家具やコピー機が「数メートル」移動する?大きく速い揺れの脅威
長周期地震動が恐ろしいのは、揺れの幅(変位)が非常に大きくなる点です。高層階では、ビルのしなりによって揺れの幅が片振幅で数十センチメートル、大規模地震や特定条件下では、数メートルに達した観測例も報告されています。
このとき、キャスター付きのコピー機や重い家具は、床の上を滑るように激しく移動し始めます。
ゆっくりとした揺れに見えても、その移動速度は人の歩行速度を超えることがあり、固定されていない什器が「巨大な凶器」となって室内の人間に襲いかかるリスクがあります。
エレベーターの閉じ込めとワイヤー切断・損傷リスク
高層ビルの生命線ともいえるエレベーターも、長周期地震動の影響を強く受けます。昇降路内にある長いワイヤーロープやケーブル類が、建物の揺れと共振して大きく波打つためです。
激しく揺れたワイヤーが、昇降路内の機器や壁に引っかかり、切断されたり損傷したりすることがあります。
これにより、エレベーターが緊急停止し、長時間の閉じ込めが発生する恐れがあります。
地震直後の避難や物資の運搬に支障が出るだけでなく、復旧までに数日以上の期間を要する場合があることも、高層階特有のリスクとして認識しておくべきでしょう。
建物の構造による違い:耐震・制震・免震の揺れ方の特徴
建物の構造によっても、長周期地震動への反応は異なります。
耐震構造は建物の強度で地震に耐えるものですが、高層階ほど揺れが増幅されやすい傾向があります。
一方、制震構造は重りやダンパーを設置して揺れのエネルギーを吸収するため、長周期の揺れに対しても一定の抑制効果が期待できます。
また、地面と建物の間にゴムなどの装置を挟む免震構造は、短周期の激しい揺れには非常に高い効果を発揮しますが、長周期の揺れに対してはゆっくりと大きく揺れ続ける性質があります。
どの構造であっても「全く揺れない」わけではないため、建物の特性を理解した上での室内対策が不可欠です。
長周期地震動から身を守るための事前対策
長周期地震動による被害を最小限に抑えるためには、「揺れは防げない」という前提に立ち、揺れても安全な空間を作っておくことが重要です。
家具の固定は「ネジ留め・L字金具」が基本となる理由
長周期地震動の大きな特徴は、数分間にわたって揺れが継続する点にあります。この「繰り返される長い揺れ」に対しては、簡易的な対策だけでは不十分な場合があります。
例えば、天井との間で突っ張るタイプの器具は、建物のしなりや長時間の振動によって徐々に緩み、外れてしまうリスクがあります。そのため、最も確実なのは壁の「下地(柱などの強い部分)」に直接ネジで固定するL字金具の使用です。
ネジ留めが難しい賃貸住宅などの場合は、粘着マットと突っ張り器具を併用するなど、複数の対策を組み合わせて「外れにくさ」を高める工夫が求められます。
キャスター付き家具やOA機器の「暴走」を防ぐ専用ストッパー
オフィスや書斎で特に警戒すべきなのが、キャスター付きの椅子やコピー機、チェストなどの移動です。これらが室内の端から端まで高速で往復する「暴走」を防がなければなりません。
対策としては、キャスターの下に敷く専用の受皿(下皿)や、床にベルトで固定するストッパーの設置が極めて有効です。また、使用していない時は必ずキャスターのロックをかける習慣をつけるだけでも、初期の動き出しを遅らせる効果があります。
「家具が倒れない」対策だけでなく、「重いものが走り出さない」ための対策をセットで行うのが、高層階における防災の鉄則です。
発災時の行動:エレベーター内での初動と避難の注意点
もしエレベーターに乗っている時に地震を感じたら、すぐに全ての階のボタンを押し、最初に停止した階で降りるのが基本です。
最新の機種では長周期地震動を検知して最寄り階に止まる機能もありますが、過信せず自ら操作を行う意識を持ちましょう。
また、揺れが収まった後に避難する場合、高層階からの階段避難は想像以上に体力を消耗し、時間もかかります。
無理に地上へ降りようとして階段でパニックに巻き込まれるよりも、室内の安全が確保されているのであれば、その場に留まる「待機」という選択肢も検討すべきです。
そのためにも、高層階の住居やオフィスには、数日分の水や食料、簡易トイレなどの備蓄を分散して配置しておくことが、避難困難時の命綱となります。
まとめ:正しい知識と日頃の備えで被害を最小限に
長周期地震動は、地層の構造や建物の高さといった複数の要因が重なり合って発生する自然現象です。そのメカニズムを正しく理解し、気象庁が発表する「長周期地震動階級」などの公的情報を適切に活用することは、冷静な状況判断の一助となります。
特に高層階で過ごす時間が長い方にとって、家具の固定や備蓄といった事前の備えを講じておくことは、被害を軽減するための有効な手段として推奨されています。
地震そのものを防ぐことは困難ですが、正確な知識に基づいた対策によって、リスクを最小限に抑えることが期待できます。
この記事が、高層階における安全な環境づくりを再確認するきっかけとなれば幸いです。まずは、身の回りの家具の固定状況など、できる範囲の点検から着手することが、将来の安全へとつながります。