
(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/photo/index.html)
気象観測船は、海洋の状態を正確に把握するために欠かせない存在です。気象庁が行う海洋観測は、天気予報の精度向上や気候変動の研究にとって不可欠な情報を提供しています。
この記事では、なぜ気象観測船が必要なのか、その役割と気象庁の海洋観測の目的と方法についてわかりやすくご紹介します。
記事の最後に、気象観測船(清風丸)に乗船した時の想い出を掲載していますので、ご覧ください。なお、清風丸は現在は存在しておりません。
気象庁の海洋気象観測とは?目的・役割と最新の取り組みを解説
気象庁が実施する海洋気象観測は、海洋の気象状況を詳細に把握することで、さまざまな気象現象の予測精度を高め、地球環境の変化に対応するための重要なデータを提供します。以下はその主な目的です。
線状降水帯の発生予測に役立つ海洋気象観測とは
線状降水帯の予測には、海上からの水蒸気流入の正確な把握が重要です。2021年から、気象庁の海洋気象観測船(凌風丸・啓風丸)と海上保安庁の測量船4隻を使用し、GPSなどの全球測位衛星システム(GNSS)による水蒸気観測が開始され、2024年までに民間の貨物船・フェリー10隻を加え、計16隻の観測網が整備されました。
2024年3月に竣工した新しい凌風丸も、啓風丸とともに水蒸気流入が予想される海域で、GNSS観測と高層気象観測を実施し、線状降水帯の予測精度の向上に貢献しています。
天気図や気象警報の精度向上に必要な海洋観測データとは
海洋の状態を詳細に把握することで、正確な天気予報や警報の発表が可能になります。例えば、台風の発生や進路の予測には、海水温が重要な要素となります。
海洋観測によって収集されたデータは、台風発生など予測モデルの精度を向上させます。また、海上で活動する船舶の安全確保のためにも、海洋の気象情報は欠かせません。
気候変動・地球温暖化の研究における海洋気象観測の重要性
海水中および大気中の二酸化炭素濃度を監視し、長期的な地球温暖化の進行を予測するための資料を収集しています。
海洋は地球上で最大の二酸化炭素吸収源であり、その変動を理解することは、気候変動の予測と対策において極めて重要です。また、海洋酸性化の進行や、海洋生態系への影響についても継続的な観測が行われています。
海洋気象観測の方法と活用されている最新技術とは
気象庁は、精度の高い海洋気象観測を実施するために、さまざまな観測手法と先端技術を活用しています。これらの観測方法は、海洋の気象状態や環境の変動を正確に把握するために不可欠です。主な観測方法は以下の通りです。
観測船による海洋気象データの収集とその重要性
気象庁の海洋気象観測船「啓風丸」と「凌風丸」は、北西太平洋海域に観測ライン(観測定線)を設けて定期的に観測を行います。
観測項目には、水温、塩分、溶存酸素量、栄養塩、海潮流、海水中および大気中の二酸化炭素濃度、その他の化学物質や浮遊プラスチックなどがあります。
これらのデータは、海洋の健康状態を評価するために使用され、環境保護や資源管理にも貢献しています。また、海洋汚染の状況や、漁業資源の変動についての情報も得られます。また、GPSなどの全球測位衛星システム(GNSS)による水蒸気観測も実施しています。

(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/photo/index.html)

(https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/vessel_obs/description/obsline.html)

(https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/vessel_obs/description/obssystem.html)
漂流型ブイロボットを用いたリアルタイム海洋観測の仕組み
気象庁では、洋上を漂流しながらリアルタイムで観測データを取得する漂流型海洋気象ブイを2000年から使用しています。このブイは、効率的に波浪観測を実施し、特定の海域に限らず、より多くの海洋データを継続的に収集しています。
この漂流型ブイは、直径46cmの球形で重量は約30kg。定期的なメンテナンスを必要とせず、広範囲にわたる観測が可能です。
観測種目は気圧・水温・有義波高・有義波周期と位置情報です。このように小型で機動観測の可能な海洋気象ブイによる波浪の観測は、気象庁が世界に先駆けて実施しているもので、通常3時間ごとに観測を行なっていますが、台風接近時など波が高い場合は、陸上からの指令により1時間毎の観測に切り替えています。
海洋気象ブイは、 3か月程度の期間、継続的な波浪の観測が可能です。気象庁では、日本周辺を4つの海域(日本の東、日本の南、東シナ海、日本海)に分け、各海域に年間4基の海洋気象ブイを投入することにより、一年を通じて日本周辺の波浪を観測しています。

(https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/buoy/buoy-info.html)

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気象衛星「ひまわり」による海洋観測とその重要性

(https://www.data.jma.go.jp/sat_info/himawari/satellite.html)
気象衛星を用いて、海面水温、海氷の分布、海洋色(プランクトンの濃度)などをリモートセンシング技術で観測します。地球全体の気候変動を監視するために不可欠です。
日本の気象衛星「ひまわり」の歴史は1977年に始まりました。最初の「ひまわり」(GMS-1)は、米国ケネディ宇宙センターから打ち上げられ、気象観測の新たな時代を切り開きました。その後、GMSシリーズは5号機まで運用されました。
次に、運輸多目的衛星(MTSAT)が導入され、気象観測と航空管制の機能を兼ね備えた「ひまわり6号」「ひまわり7号」が2015年まで運用されました。現在は「ひまわり8号」と「ひまわり9号」が最新の技術を用いて、2029年までの安定した気象衛星観測を提供しています。
下記は気象衛星ひまわりによる現在の海面水温の画像です。
沿岸波浪計を活用した波浪観測とその重要性
沿岸波浪計は、我が国の海岸で発生する波浪の動向を正確に把握するために不可欠な観測機器です。これらの観測は、日々の天気予報や災害対策にとって非常に重要な役割を果たします。
日本の海岸には、6か所の重要な地点に波浪計が設置されており、これらの地点では継続的に波浪観測が行われています。これらのデータを基に、波浪の予測や現状の監視を行い、海上の安全を確保しています。
特に、沿岸波浪計によって得られるデータは、波の高さや周期、進行方向を把握するために使われ、これらの情報が集まることで、沿岸地域や港湾施設での安全管理がより強化されます。たとえば、港に接近する船舶にとって、波の動きが重要な指標となり、適切な航行が可能となります。
下記は波浪観測地点詳細です。
沿岸波浪計の特徴と利点

(https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/wave/obsdata/uswsys.html)

(https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/wave/obsdata/uswsys.html)
現在使用されている波浪計は、レーダー式のもので、これにより非常に高い精度で波の観測が可能になっています。レーダー式波浪計は、実際に海に設置されているため、リアルタイムで波の動きが測定でき、迅速な情報提供が可能となります。
また、これらの観測機器は、定期的なメンテナンスや校正が行われることで、常に高精度なデータを提供しており、海の状態を常に正確に把握することができます。この正確なデータは、自然災害への迅速な対応や、漁業、観光業、さらには環境保護の分野でも重要な役割を果たしています。
波浪観測の成果と今後の課題
沿岸波浪計のデータは、単に天気予報にとどまらず、海洋環境の変化を知るための大きな手掛かりとなります。波浪の動向を観測することにより、例えば海岸侵食の進行状況や、異常気象による波浪の変動を早期に察知することができ、これらの情報をもとに必要な対策を講じることが可能となります。
また、波浪観測データは、地震や津波の予測にも重要な影響を与えます。地震が発生した際、津波の波高や到達時間を予測するための基礎データとして活用されるのです。特に、予測精度が向上することで、沿岸部に住む人々や海上で活動する船舶の安全確保が一層強化されることになります。
これからは、さらに多くの観測点を設け、地域ごとの詳細な波浪データを収集することが求められています。特に気候変動によって波浪のパターンが変化してきており、これらの変化に対応するためには、波浪観測の精度向上と情報提供のスピードがますます重要になっていくことでしょう。
気象庁の海洋観測データの成果とは?活用例とその重要性を解説
気象庁の海洋観測によって得られたデータは、さまざまな分野で活用されています。以下はその一例です。
海洋観測データが天気予報の精度向上に与える影響と重要性
気象庁は、海洋観測データを用いて大気と海洋の相互作用をモデル化し、天気予報の精度を向上させています。
例えば、海水温や海流のデータは、台風の進路予測や強度の変化をより正確に捉えるために不可欠です。
特に、海面水温は降水パターンや風の動きに直接影響を与えるため、天気予報の精度を大幅に高める要因となります。
気象庁の海洋データが気候変動研究に果たす役割とは?
気象庁が収集する長期的な海洋データは、地球規模の気候変動の研究において重要な役割を果たしています。例えば、エルニーニョ現象やラニーニャ現象といった海洋気象現象は、全球的な気候に大きな影響を与えます。
これらの現象を理解し、予測するためには、海水温や海流などの詳細なデータが不可欠です。また、海洋酸性化や海氷の減少といった現象の監視も、気候変動の影響を評価するために重要です。
海洋環境保護に貢献する気象庁の海洋観測データの活用方法
気象庁の海洋観測データは、海洋環境の保護にも大きく貢献しています。例えば、海洋汚染の監視では、プラスチックごみや化学物質などの汚染物質の拡散を追跡し、早期に対策を取るために活用されています。海水温や水質、化学物質のデータを分析することで、汚染の広がりを把握でき、適切な対応が可能になります。
また、サンゴ礁や沿岸生態系の保護にも役立っています。サンゴ礁は非常に繊細で、海水温の変化や汚染に敏感です。気象庁のデータを使って、海水温の異常を早期に発見し、サンゴ礁を守るための対策を講じることができます。
さらに、海流や潮流のデータを使うことで、汚染物質の拡がりを予測し、沿岸地域や漁業への影響を抑えることができます。これらの観測データは、海洋環境の保護に必要な基盤となり、私たちの未来を守るための重要な手段となっています。
気象観測船(清風丸)乗船の想い出:兵庫県南部地震 淡路島調査
兵庫県南部地震の発生直後、私は舞鶴海洋気象台所属の清風丸に乗船し、淡路島周辺の海域から、目視や双眼鏡で断層や地形の調査を行った経験があります。
地震から2~3週間後、大阪港を出港した際、海上自衛隊の艦船や補給船、物資輸送船が行き交い、大阪湾は非常に混雑していました。そのため、他の船と無線で連絡を取りながらの航行は、緊張感を伴うものでした。
船の操縦を行う「ブリッジ」から、双眼鏡を使って淡路島の山腹を観察しました。山崩れの跡や、断層らしきものも視認でき、貴重な情報を収集することができました。また、船内での食事はカレーライスで、おいしかったことが印象に残っています。
まとめ
気象庁の海洋観測は地球環境の理解と保護において非常に重要な役割を果たしています。観測データは天気予報の精度向上や気候変動の研究に欠かせないものであり、私たちの生活の質の向上や地球規模の環境問題への対応にも大きく貢献しています。
また、海洋酸性化や海洋汚染の対策、持続可能な漁業管理など、さまざまな分野でそのデータが活用されています。この記事を通じて、海洋観測の目的と方法について理解を深めていただければ幸いです。